私は内科医師9年目の医師である。年に数回、もともと勤務していた3次救急病院の内科救急外来の仕事をいただくことがある。これはそんなある5月の当直での出来事である。
17時からの救急外来の引継ぎを終えて、数人のwalk inでの救急患者さんを診察して、時間は夜の1時。草木も眠るころと考え、明日に備えて仮眠をとることにした。当直室のやや硬めのベッドの上であれこれ考えながら過ごしながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
朝の3時である。「ぷるるるる」聞きなれた院内PHSの電話の音がする。一緒に当直している先生からの相談の電話だろうか。番号を確認する。いや違う。これは電話交換さんの番号だ。これは、救急車からの問い合わせが入っていることを意味する。私は、もう少し眠りたい気持ちをおさえて、電話のPUSHボタンを押して電話を取った。「〇〇救急から、腹痛の患者様の搬送依頼です。」腹痛か・・・。この時間は普通にいえばまだ夜が明けていない時間帯であり、こういったときに来る腹痛は大体が尿路結石と決まっているが、どうだろうか。救急隊の話に耳を傾けてみる。どうやら、普段はかかりつけの病院がなく、うちの病院にも受診歴がない方のようだ。未治療の高血圧があり、血圧は170程度と高い様子だ。腹部全体の痛みの訴えとの事。
話からすると、あまり尿路結石の様などちらか片側の強烈な背部痛という話ではないようだ。むしろ、便秘や、腸炎の下痢前などの腹部症状のエピソードである。私は上記で判断した。かかりつけで命に係わるような状況の患者の治療を優先するのが、3次救急病院の救急外来の役目と、先輩から言われて育ってきた。話だけからすると、強烈な緊急性のにおいはしないか・・・・。かかりつけでもない初診であり、しかも搬送してこられるまでに1時間程度かかってしまいそうな遠方の患者ということもあり、まずは2次救急病院へあたっていただくよう、救急隊へ伝える。「受け入れ先が見つからなければ、こちらで見させていただきます」と伝えて、一旦状況を見ることとする。便秘や腸炎などの状況であれば、自宅から10-30分以内に多くの救急病院がある場所であり、そういった2次救急病院で診てもらった方が、患者さんも帰宅する際などに遠方すぎずに助かることもある。私はPHSをいったんしまって、もう一度仮眠がとれるか試してみることにした。
そして20分程度経過したところで、再度「ぷるるるるる」。ん、受け入れ先がなかったかな。PHSを見るとやはりまた電話交換からの電話であり、救急車と分かった。「先ほどの〇〇救急です」先ほどの救急車であるが、どうやら近隣は手一杯で受け入れられないとの事であった。それであれば遠方であるがいらしていただくこととした。
そして、しばらくたってまだ夜明け前の暗闇の中に、救急車のサイレンの音がだんだんと大きくなってくる。時間は朝4時。今日は結局、仮眠もとれなかったなと考えながら、到着前につくように救急室へ向かうこととした。
「血圧190、腹部全体以外に腰の痛みの訴えもあります。」む。と私は思った。血圧が異様に高いのである。また、腹部の痛み以外に背中の痛みの訴えもある。はっと思った。救急外来を何年も担当して、いろいろな症例を見てきたが、血圧が高い患者の背部痛というのは非常に注意が必要なことを経験上知っていた。それは、血圧高値の背部痛の中に、大動脈解離症や腹部大動脈瘤などの、体に1本しかない大動脈が避けたり、割れたり、膨らんだりという致命的な病態が隠れていることがあるからだ。これらの病気は大きな血管が避けたり、破裂してしまう病気のため、判断ミスをすると文字どうり命取りになることがある。私が研修医の頃に、心肺停止で運ばれてきた超高齢の患者さんの中に数日前に腰痛で他科で張り薬だけ処方されて帰宅された患者さんを何人かみたことがある。これらは結局、骨や筋肉による背部痛ではなく、血管からくる痛みであったのだ。
過去の記憶が蘇ってきた。本人から話を聞けば、もう80歳近くであるが、健診で高血圧を指摘されたが、病院にはかかった事はなかったとの事であった。お腹が痛いとの事で、そっと服をめくってみると・・・・・。やはり、そこにあれがあった。
腹部の皮の表面が、1分間に60回程度の間隔でうっすら振動しているのが見える。手をそっと置いてみると、強い拍動を感じる。「大動脈瘤だ」私は直感した。我々も普段運動した際に動機や体の血管の拍動をなんとわなしに感じることがあるが通常、臍の上に手をおいただけで、腹部に強い拍動を触れることは考えにくいのだ。そのまま、腹部CTを行い、腹部大動脈瘤をみつけだした。腰の痛み、吐き気などの訴えもあり、これは破裂の前兆である可能性もあった。すぐに痛み止めの点滴と、Ca拮抗薬という血圧を下げる点滴を開始して入院の方針とした。
救急外来には様子をみてよいような鼻風邪の患者さんもいらっしゃれば、歩いてきて心筋梗塞の患者さんもいらっしゃる。玉石混淆の状態で、緊急度の低い患者様から高い患者さんまで入り混じっているのを改めて感じた。また、朝の3時という時間にも関わらず、通常であれば2次救急病院から受け入れ打診を行うはずの患者様を最初から大病を疑って、3次救急病院の私の当直の元へ連絡を入れてきた救急隊の判断の確実さ、的確さに頭が下がる思いをもったのだ。最初から、うちに来て頂いてよかった。悪くならない内に3次救急病院へ運ばれてこられて良かった。救急隊の方たち、的確な搬送ありがとうございます。そう思い、気を引き締めなおしてその日の当直を終えたのであった。
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